業界エクスプローラVOL.24 「インタビュー・鈴木隼人」
2002年12月18日


text by TADA

拓殖大学時代よりトライアスロンを始め、その年(94年)学生選手権でいきなり優勝。センセーショナルなデビューを果たし、シドニー五輪国内選考では、最後まで代表候補に名を連ねていた鈴木隼人選手(29歳・team grad5)。五輪国内選考後、しばしの休養を挟み、今年度結成されたトライアスロンチームteam grad5の一員として再びトライアスロン界に復帰。しかし今年度をもってトライアスロンからの引退を表明。今回はそんな鈴木選手に現在の心境などを語ってもらいました。

・まずは今回の引退のいきさつと理由について教えて下さい。

「率直に言って、もう競技トライアスロンをやる気持ちが無くなった。今シーズンの夏の時点で練習することに義務感を感じはじめ、肉体的にも、精神的にも練習することが辛くなってしまった。肉体疲労が抜けにくくなり、頻繁に発熱をするようになり、確実に自分の身体が老化し始めてるということを実感せざるをえなかった。しかし、やはりメンタル面でのダメージが大きい。何をやるにもやる気が大切!」

・休養明けの年としては、渡良瀬トライアスロン優勝、佐渡のロングディスタンス日本選手権5位と、見ている側からはまずまずの出来だと思えたのですが・・・

「いや、駄目でしょ。どんなレースでも1番は素晴らしいと思います。そんな意味で、復帰初戦の渡良瀬トライアスロン大会の優勝は価値があると思います。しかし、今シーズンのメインと考えていた佐渡は5位という結果。優勝を狙ってたので、話にならない結果です。敗因は言うまでもなく、バイク。まったく踏めなかった。ライディングポジションがあわなかったのが最大の要因。佐渡のレース前の6月〜8月もバイクのポジションが定まらず、練習の度にサドルの高さ、前後位置を調整していました。スイム、ランのラップが良かっただけに残念です。」

・これまでロングディスタンスでは潰れていましたよね。しかし今回、2度目の佐渡の挑戦で5位。ロングも視野にいれていたように見受けられたのですがそのあたりはどう考えていたのでしょうか。
「いや、もちろん気持ちの上では再び五輪へ!というのはありました。私の憧れである、グレッグ・ ウェルチはスプリントからアイアンマンまでオールマイティーにこなせるスーパーマン。私も和製グレッグ・ウェルチになりたかった。それは半分冗談です。(笑) 3種目全てを自分一人の力でこなすのが、トライアスロンの本当の意味だと思います。長らく、ドラフティングレースをしていたので、その意味を再認識するためにロングにも挑戦しました。今回の結果には納得はしていませんが、やはりロングの場合、自分の努力がダイレクトに結果として表れるのが嬉しいですね。」

・隼人さんにとってトライアスロンとは。

「今の自分を作ってくれた感謝すべき存在。最高の喜怒哀楽を与えてくれた。」

・最後に今後の予定とMSPOユーザーに一言お願いします。

「来シーズンはteam grad5のアドバイザリースタッフとして活動する予定です。いいものをたくさん作っていきたいと思っていますので、皆様どうぞヨロシク。」

「鈴木隼人」というと、結構コワモテでどこか近寄り難いという印象を持ってしまう人も多いようです。しかししかし、話してみるとこれが「オモシロイ」のです。ちょっと変態?的なところは困ってしまいますが・・・。
今回の引退表明は残念ではありますが、今後もトライアスロンには関わっていきたいとのことです。新天地での鈴木選手の活躍に期待しましょう。

鈴木隼人(すずき はやと)・・・
1973年8月30日生まれ
拓殖大学2年生時よりトライアスロンを始め、その年(1994年)の学生選手権優勝。
大学卒業後もチームエプソン、team grad5(チーム グラッドファイブ)に所属し数々の大会で好成績を収める。
主な戦績は94年学生選手権優勝、95年三重サンベルト国際優勝、2000年アジア選手権5位など。
詳しくはteam grad5 オフィシャルサイト
http://www.grad5.jp/teamgrad5/team-index.html

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