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アジアビーチゲーム

 10月26日に開催されたアジアビーチゲーム バリに行ってきた。
出だしからバタバタで疲れた。朝5時にバイクのガレージ(部室)出発(集合やない出発や)で俺は、4時半入り。別に準備することあれへんけど、スペアーホイールをケースに入れるくらいか。ほんで電動式のガレージをオープンさせて部室の電気つけたら、いつもなんでもやることの遅い体育教師(高校の体育教師で俺の生徒でまだ政府のサポートはうけてへんけどエリート志望の26歳トライアスロン歴2年)が、またバイクのパッキング終わらしてへん、ケースに入ってるけどまだ入れ足れへんもんあるんかしてガッバーとオープン状態や。これは何分前に来るか見ものやなー思った。ほんだら出発5時の5分前に到着。「おまえなにしてんねん来るの遅いわ!パッキング終わらしてへんのに!(怒)」言うたら、またいつものように「ソーリー ソーリー」や。

これで終われへん。

 次5時15分にフェリーターミナルにスタッフと集合。15分しかあれへん。選手3人みんな各自原付で移動。(バイクはトラックに載せた)俺の原付調子悪くて遅い時速50kmくらいや。ほんだらその遅い体育教師俺にお辞儀しながら抜いて行く。ほんでおれは、5時17分到着。俺を抜いていった体育教師また遅れてる、現地集合の選手1人とスタッフ2人、部室から来た女子選手1人みんな集合。ほんで5時半くらいに来て、さらにまたバイクケースやらボストンバッグから荷物入れたり出したりほんま落ちつかへんやつや。「おまえ それはいませんでもええやろ 落ち着け(怒)」俺はいらいらしてコーヒーを飲む。

ほんで次は、話は飛んでバリや。到着の晩のミーティングで言うたこと

バイクの組み立てをその晩のうちにしとけ
8時スイム
9時説明会
10時バイクチェック
バイクチェック後コース下見
 ほんだら説明会30分押しで終わって10時半。バイクチェックは11時までやけどたいしたことあれへん部屋からバイクもってきたらええんやから。ほんでそのとり続々選手がバイクもって検査に来る。俺は、久しぶりの益田選手と井戸端会議。「あれっうちの選手来てへんな」思って、部屋に呼びに行く。一人の選手はその途中すれ違う「おまえ はよ 行けよ!」言う、ほんでもう1人の体育教師またバイクまだ組んでるやないか。バイクチェックのフィリピンのスタッフは、締め切って帰る。おそらく俺の選手だけやなくて聞いたことない今回初めてのようなアジアの国もようさん来てへんかったんやろう。あきれとった。

 俺は、また説教やけどそんな時間もない。コース下見や。もうバイクの準備してるからホテルの前に集合してる選手と一緒に行け言うて、俺はレンタルのママチャリをダッシュで借りに行く。ほんでホテル前行ったらうちの選手まだ来てへん。結局俺は一人でチェックして11時半に帰ってきた。うちの選手は12時半に帰ってきて、ランチで説教。

 レース前日シンガポールのコーチが困ってる。シンガポール選手は男1人、女1人やけど、前日夜女子の選手に電話したらおれへんから、男子の部屋行ったら、一緒に寝てとったらしい。20前半の選手を親から預かったコーチは「やばい。帰ったら親に怒られるわ」言うとった。修学旅行やないんやから。

 レース当日は、朝4時に選手の部屋に起きてるか見に行く。なんでそんなことせなあかんねん男子2人とも25歳超えてるで。女子の24歳の選手は大丈夫や。

 ほんで選手は朝早くてレストラン開いてへんから弁当配られる。俺はレストランの厨房に入ってゆで卵3個もらって食べる。

 レースも無事終わった思ったら女子の選手男子にドラフティングでコンプレインされた。おれは朝からゆで卵3個やから飯でも食おう思ってレストランおったら選手に「コンプレインされたからチームマネージャーが行かなあかん言うてるからコーチ来て」言われる。誰やねんチームマネージャー思ったら俺のIDカード見たら確かにチームマネージャー書いとるわ。俺やな。飯なしで会場戻る。俺が見た限り後ろドラフティングなかったけどサイドは完全ゾーンはいっとった。オフィシャルもビデオでばっちり撮ってる言うから俺は、別に異議せず。2分ペナルティー。

 ホテル戻って女子の選手に言うたら、泣かれる。確かにドラフティングやってたけど、「お前がやってへん言うんやったら、疑われるよな行動とるな」言うた。「今まで遅かったから相手されへんやったけどこれから上位入ってきたらこういうふうに目つけられるんやで」言うて
ほんま毎レース泣いてるわこの選手。

 俺は女に泣かれるのは慣れてるから別にそれで同情せえへんで。

 ほんでレース後バリのKUTAというメインのところに選手連れて行って自由行動夕方4時まで。俺はサーフィンをして待つ。べつにこんなとこきて買うもんあれへん。

 ほんで4時にタクシーでホテル戻って、5時にホテル出発閉会式へ

 閉会式行ったら、また日本の隣の席や。マカオはMACAO 「M」やから、JAPANの「J」に近いからいつもそういうことになる。2006ドーハアジア大会のときもそうや。

 ほんでピンの交換がさかんに始まる。俺の通路挟んで隣の日本選手が英語で「ピン交換してください!」言うてくる。「あっ 僕 日本人です」いうたら、日本選手団のそのあたりが一斉ににこっち見る。ほんでちょっと会話。

 ほんで次の日の朝 7時に益田選手と走る約束しとったら、雨や、そのまま寝てたら、8時半にホテルの電話なって、とったら日本語や「走りますよ!」益田選手。(ホテルは、3km先や)ほんで40分一緒にジョグする。元チームケンズの俺ら。なつかしいけど一緒に走ってたら別に久しぶりの気もせえへん。

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KUTAで会った日本語しゃべれるバリ人自称しんちゃん。インドネシアの金「ゼロ」多すぎ50000ドルは500円の価値。ほんでテロのあったレストランどおりのKUTA。ほんで益田選手

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スイム会場、バイクトランジット、閉会式会場

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マカオチーム集合写真とマレーシア、シンガポール、マカオの閉会式前