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2008年10月31日

アジアビーチゲーム

 10月26日に開催されたアジアビーチゲーム バリに行ってきた。
出だしからバタバタで疲れた。朝5時にバイクのガレージ(部室)出発(集合やない出発や)で俺は、4時半入り。別に準備することあれへんけど、スペアーホイールをケースに入れるくらいか。ほんで電動式のガレージをオープンさせて部室の電気つけたら、いつもなんでもやることの遅い体育教師(高校の体育教師で俺の生徒でまだ政府のサポートはうけてへんけどエリート志望の26歳トライアスロン歴2年)が、またバイクのパッキング終わらしてへん、ケースに入ってるけどまだ入れ足れへんもんあるんかしてガッバーとオープン状態や。これは何分前に来るか見ものやなー思った。ほんだら出発5時の5分前に到着。「おまえなにしてんねん来るの遅いわ!パッキング終わらしてへんのに!(怒)」言うたら、またいつものように「ソーリー ソーリー」や。

これで終われへん。

 次5時15分にフェリーターミナルにスタッフと集合。15分しかあれへん。選手3人みんな各自原付で移動。(バイクはトラックに載せた)俺の原付調子悪くて遅い時速50kmくらいや。ほんだらその遅い体育教師俺にお辞儀しながら抜いて行く。ほんでおれは、5時17分到着。俺を抜いていった体育教師また遅れてる、現地集合の選手1人とスタッフ2人、部室から来た女子選手1人みんな集合。ほんで5時半くらいに来て、さらにまたバイクケースやらボストンバッグから荷物入れたり出したりほんま落ちつかへんやつや。「おまえ それはいませんでもええやろ 落ち着け(怒)」俺はいらいらしてコーヒーを飲む。

ほんで次は、話は飛んでバリや。到着の晩のミーティングで言うたこと

バイクの組み立てをその晩のうちにしとけ
8時スイム
9時説明会
10時バイクチェック
バイクチェック後コース下見
 ほんだら説明会30分押しで終わって10時半。バイクチェックは11時までやけどたいしたことあれへん部屋からバイクもってきたらええんやから。ほんでそのとり続々選手がバイクもって検査に来る。俺は、久しぶりの益田選手と井戸端会議。「あれっうちの選手来てへんな」思って、部屋に呼びに行く。一人の選手はその途中すれ違う「おまえ はよ 行けよ!」言う、ほんでもう1人の体育教師またバイクまだ組んでるやないか。バイクチェックのフィリピンのスタッフは、締め切って帰る。おそらく俺の選手だけやなくて聞いたことない今回初めてのようなアジアの国もようさん来てへんかったんやろう。あきれとった。

 俺は、また説教やけどそんな時間もない。コース下見や。もうバイクの準備してるからホテルの前に集合してる選手と一緒に行け言うて、俺はレンタルのママチャリをダッシュで借りに行く。ほんでホテル前行ったらうちの選手まだ来てへん。結局俺は一人でチェックして11時半に帰ってきた。うちの選手は12時半に帰ってきて、ランチで説教。

 レース前日シンガポールのコーチが困ってる。シンガポール選手は男1人、女1人やけど、前日夜女子の選手に電話したらおれへんから、男子の部屋行ったら、一緒に寝てとったらしい。20前半の選手を親から預かったコーチは「やばい。帰ったら親に怒られるわ」言うとった。修学旅行やないんやから。

 レース当日は、朝4時に選手の部屋に起きてるか見に行く。なんでそんなことせなあかんねん男子2人とも25歳超えてるで。女子の24歳の選手は大丈夫や。

 ほんで選手は朝早くてレストラン開いてへんから弁当配られる。俺はレストランの厨房に入ってゆで卵3個もらって食べる。

 レースも無事終わった思ったら女子の選手男子にドラフティングでコンプレインされた。おれは朝からゆで卵3個やから飯でも食おう思ってレストランおったら選手に「コンプレインされたからチームマネージャーが行かなあかん言うてるからコーチ来て」言われる。誰やねんチームマネージャー思ったら俺のIDカード見たら確かにチームマネージャー書いとるわ。俺やな。飯なしで会場戻る。俺が見た限り後ろドラフティングなかったけどサイドは完全ゾーンはいっとった。オフィシャルもビデオでばっちり撮ってる言うから俺は、別に異議せず。2分ペナルティー。

 ホテル戻って女子の選手に言うたら、泣かれる。確かにドラフティングやってたけど、「お前がやってへん言うんやったら、疑われるよな行動とるな」言うた。「今まで遅かったから相手されへんやったけどこれから上位入ってきたらこういうふうに目つけられるんやで」言うて
ほんま毎レース泣いてるわこの選手。

 俺は女に泣かれるのは慣れてるから別にそれで同情せえへんで。

 ほんでレース後バリのKUTAというメインのところに選手連れて行って自由行動夕方4時まで。俺はサーフィンをして待つ。べつにこんなとこきて買うもんあれへん。

 ほんで4時にタクシーでホテル戻って、5時にホテル出発閉会式へ

 閉会式行ったら、また日本の隣の席や。マカオはMACAO 「M」やから、JAPANの「J」に近いからいつもそういうことになる。2006ドーハアジア大会のときもそうや。

 ほんでピンの交換がさかんに始まる。俺の通路挟んで隣の日本選手が英語で「ピン交換してください!」言うてくる。「あっ 僕 日本人です」いうたら、日本選手団のそのあたりが一斉ににこっち見る。ほんでちょっと会話。

 ほんで次の日の朝 7時に益田選手と走る約束しとったら、雨や、そのまま寝てたら、8時半にホテルの電話なって、とったら日本語や「走りますよ!」益田選手。(ホテルは、3km先や)ほんで40分一緒にジョグする。元チームケンズの俺ら。なつかしいけど一緒に走ってたら別に久しぶりの気もせえへん。

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KUTAで会った日本語しゃべれるバリ人自称しんちゃん。インドネシアの金「ゼロ」多すぎ50000ドルは500円の価値。ほんでテロのあったレストランどおりのKUTA。ほんで益田選手

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スイム会場、バイクトランジット、閉会式会場

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マカオチーム集合写真とマレーシア、シンガポール、マカオの閉会式前

2008年10月17日

台湾のレース

 9月の21日に台湾のレースに行ってきた。なんや7月8月はいろいろあって家もなくシンガポール、マレーシアを転々としてマカオに帰ってきてもしばらく中国滞在で練習もあんまできてへんかったけどレースに出てあかんかったせいでマカオに帰って逆に自分の生徒にたれへん部分も気づいてよかった。

 まずスイムは、レース前のコンディションまあまあいけるおもった。短水路のプールで1分30秒の生徒のインターバルにあわして俺は、生徒のぎりぎりに対し、1分5秒前後で帰ってこれてたからや。

 ほんだらはじめの出だしは楽にいけたけど2周目に入ってまったく予想もせえへん展開と俺のその勘違いコンディションでちぎれたわ。予想外の展開は、周回遅れが出たことしかもクロール泳いでたらまだしも、平泳ぎにさらにロープにつかまってとまってるやつ、ほんで救命浮き輪につかまって浮いてるやつ。せっかく俺の得意な省エネスイムでキックなしでせこくリーチーウーにドラフティングしてんのに作戦台無し。第1集団のケツから4秒遅れやったけど今バイクばりやばいから追いつけず。

 バイクはラッキーなことに後ろからニュージーの選手がごっついスピードで追いついてくる。ほんまやったらつきいちで前まで持っていってもらうけど、まったく前引っ張ってへん俺がちぎれとる。ほんでさらにラッキーでうしろから台湾のトップ選手来たからその6人の集団のまた後ろでドラフティング。ほんま自転車ブレーキかかってんかいうくらい後ろできつい。必死でちぎられんようにして周り見えへんかったけど高木美里選手曰くすれちがったときごっついやばい顔しとったらしい。

 ほんでランは、暑いから以外にみんなたれて俺は、そのときのコンディション速く走られへんけどどんだけ暑くても4分ペースでは走れるレベルの低い自信があったから前の選手ちょっと抜いて5位やった。

ほんまバイクの遅さにへこんだ。
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トライアスロンレース集合写真

 マカオに帰ってきて、10月1日の中国建国記念日の国慶節の政府主主催のパーティーで俺の不安が吹っ飛んだ。
その席で来年の契約どうなるかわからんかったけど、「来年は 心配せんでええぞ!」と上司から言われ、やっとこの言葉が聴けたぞって感じや。

 中国文化なにごとも酒を飲んでみんなで話し合えがなんとかなるみたいなとこがあるから、そのときのパーティーは周りの関係者から誘われる乾杯に全部挑んで酒飲んでみんなに気に入られるんやったら、なんぼでも飲んだらー!いうくらいの気持ちやったから、途中でめずらしくつぶれて家まで送ってもらうはめになる。

 俺の契約があぶないそもそもの理由はマカオでの国際試合がここ2年間ないのと生徒がおれへんのとや。それで俺の生徒のエイジグループの生徒たちは、マカオのトライアスロンを盛り上げるために、俺がやろういうてへんのに俺がメインのレースを開いてくれた。これは去年もやったんや。予定の日は大雨でアクアスロンになったけど、無事次の週の土曜日にトライアスロンで開催。

 レースの説明なんかは、俺が動かんでも俺の生徒たちが前もって俺が言うてたことを27歳の生徒が率先してみんな集めて説明会をする。別に俺が開いたレースやないのにみんな俺の合図を待って、ほんまに俺を信頼してるのが伝わってきてマカオのどのスポーツにもない団結力がある。いうてもチームは3つに分かれてるけど今回は、その3つのチーム全部が集まった。いつものマカオのトライアスロン協会が開くレースは、うちの上司を嫌いなチームがあるからレースに選手は集まらず、盛り上がりにかける。
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アクアスロンレース集合写真

マカオで練習レース
 やっぱ金がからんだらあかん。レースしたいやつが賞金もないのに勝手に集まって、俺も給料でえへんのボランティアでコース設定してレースリザルトも完璧なものをつくる。レースに携わってる誰もが金のこと考えてへんからみんな楽しくできるんや。日本のみんなにはぴんとこえへんかも知らんけど、マカオのレースのスタッフは、政府にたいして年間にこれだけレースを開かな運動協会としてなりたてへんから、みんなやる気なし。バイトで集まった人たちは、別にレースに興味があるわけでもないから立ってるだけや。タイムを計るスタッフいっぱいおんのにリザルトはない。そいつらは、みんながちゃんと周回してるかチェックして表彰にかかる選手だけのタイム残してあとはゴミ箱。いつもは俺がそれを拾い集めて分かるだけのタイムをはじき出す。トライアスロンは3種目あるからたいへんや。ほんで俺がリザルトつくったら案の定おっちゃんらは、楽しそうにそれを見る。それが俺の快感や。

ビーチアジア大会
ビーチであるスポーツのアジア大会の第1回がバリである。これは次回のコラムねたやけど。この壮行会がマカオ総督府でこの前あって、マカオからは15のスポーツが利立候補したのに3つしか選ばれへんかった。なんとその3つ トライアスロン、ボディービル、ドラゴンボート。ほんで壮行会の新聞記事なんでやねんコーチの俺の名前と写真一番でかい!
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ビーチアジアゲーム 壮行会 新聞に載る